なぜ、アパートの一室が足の踏み場もないほどのゴミ屋敷と化してしまうのでしょうか。多くの人は「だらしないから」「片付けが苦手なだけ」と単純に考えがちですが、その根底には、本人の意思だけではどうにもならない、複雑で深刻な心理的背景が横たわっていることが少なくありません。その代表的なものが「ためこみ症(ホーディング障害)」という精神疾患です。これは、実際の価値にかかわらず、所有物を捨てたり手放したりすることが持続的に困難であり、その結果、生活空間が物で溢れ、その機能が著しく損なわれてしまう状態を指します。本人にとっては、一つ一つの物が「いつか使うかもしれない」「思い出がある」といった理由で価値を持ち、捨てることに強い苦痛や不安を感じるのです。これは単なる収集癖とは異なり、治療が必要な病的な状態です。また、うつ病や統合失調症といった他の精神疾患が、ゴミ屋敷化の引き金になることもあります。これらの病気は、気力や判断力、物事を遂行する能力を著しく低下させます。その結果、ゴミを出す、掃除をするといった日常的な行為さえも困難になり、部屋はあっという間に荒れ果ててしまうのです。さらに、近年注目されているのがセルフネグレクト(自己放任)の問題です。これは、自分自身の健康や安全、生活環境に関心や意欲を失い、生活を維持するために必要な行為を放棄してしまう状態を指します。社会的孤立や経済的困窮、加齢による心身の衰えなどが原因となり、生きる気力そのものを失ってしまうのです。ゴミ屋敷は、そうした人々が発する無言のSOSサインであるとも言えます。失業や離婚、近親者との死別といった人生の大きなつまずきが、心のバランスを崩し、片付けられない状況を生み出すきっかけとなることもあります。アパートという閉鎖的な空間は、こうした問題を外部から見えにくくし、事態をさらに深刻化させます。ゴミ屋敷という現象を表面だけで判断せず、その裏にある心の痛みや苦しみに目を向けることが、真の理解と支援への第一歩となるのです。